ニュートラルに受け入れさえすればそれでいい
twitterを始めて3日経過。友人のフォロアーが増殖中。みんなやっているのんだなと思った。自身、有益ツイートをしているのかと考えると甚だ疑問の域を脱していない。しかし、類は友を呼ぶとは言うが、友人がつぶやく中には「おっ!」と思う情報がちらちらある。その中で、「待ってました」というつぶやきに言葉のデザイン2010というもののUSTリンクがあって、すぐさまクリックし、そのライブ中継に釘付けとなる。そして、リアルタイムにtwitterでのつぶやきがあり、そこからまた情報が派生していく。凄すぎる。
USTで自分の都合の良い時間に情報を発信し、情報を収集できるというのは、これまでメインをはっていたテレビというメディアが自身の情報を操作できないことを意味しているように思えるし、テレビの力が小さくなっていくことを如実に物語っているように思える。ニュースはドメスティックな、制限されすぎた情報を発信していてもその真偽が最初から試されるし、発信された情報をコメンテーターと言われる人たちがあーだこーだと言っている時間が無駄な時間に思えて仕方がなく思えてしまう。ニュートラルな情報を発信し、受け手側がその発信された情報をニュートラルに受け入れさえすればそれでいいという時代が、もうすぐそこまで来ているということかもしれない。というか、もう始まっているんだろうな。
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